世界仰天ニュースで南海キャンディーズのシズちゃんとトレーナーとの2人3脚でオリンピックを勝ち取るまでのエピソードが語られます。

トレーナーとしてしずちゃんを育てあげた今は亡き梅津トレーナーってどんな方だったんでしょうか?

シズちゃんとボクシング

シズちゃんとボクシングの出会いは2007年。

その当時は、『あしたのジョー』にはまっていて、ボクササイズなんかもも流行っていたこともあって、軽い気持ちで始めたんだそうです。

もともとシズちゃんはAKIRA』や『ドラゴンボール』という漫画を好むなど、どちらかと言えば男っぽい性格だったのかもしれませんね(笑)。

初めてボクシングジムに連れて行ってもらったのは、芸人のロバート山本さんだったとか。

そんなシズちゃんが、趣味として始めたボクシングを本格的に始動させるきっかけとなったのは、ドラマ「乙女のパンチ」!

 

ここで、後にシズちゃんをオリンピック代表にまで育て上げたトレーナーの梅津コーチと出会うこととなりました。

それきっかけにアマチュアボクシング選手として練習に励み、なんと2009年には「C級ライセンスを取得!」。

階級はもちろんヘビー級だったようですが、当時国内にはヘビー級の女子選手が他におらず、なかなか練習もできなかったんだそうです。

 

趣味から始めたボクシングでオリンピックまで行くとはすごいことですね!!

でも残念なことに、シズちゃんを育て上げた梅津トレーナは病気が原因で亡なられたんです。

 

でもシズちゃんを育て上げた梅津トレーナーってどんな人だったんでしょうか?

気になりますよね。

次はトレーナーの梅津正彦さんについて調べてみました!

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梅津トレーナーってどんな人?

しずちゃんをオリンピック選手にまで育て上げたコーチの梅津トレーナーって一体どんな人だったんでしょうか?

梅津正彦トレーナーのことについて調べてみました。

 

梅津さんは、山形県の出身で高校からボクシングを始め、ソウルオリンピックを目指すほどの有望選手でしたが、残念ながら怪我のため引退を余儀なくされました。

その後は、映画監督を目指しそちらの道に進むことに。数々の作品の助監督を務めるなど活躍され、ボクシングの経験も活かしボクシングコーチ、アクションディレクターとしても活躍されたんだそうです。

その中でドラマ「乙女のパンチ」でしずちゃんと出会い、その力を世界レベルまで育て上げられていったんですね。

しかし、本当に残念なことに、2012年にある病気が原因で梅津さんは亡くなられてしまったんです。

梅津トレーナーの死因は?

梅津トレーナーが亡くなったのは、2012年の7月23日のことだったようです。

梅津さんは、2012年にメラノーマという悪性の皮膚がんを発症されたそうです。

その後は2度の手術を受けられたようですが、リンパ節に転移するなど、最終的に末期がんという結末となってしまったようです。

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シズちゃんと梅津さんの感動エピソード

梅津さんがなくなる少し前の7月7日、梅津さんは「挑戦」というテーマの講演会に登壇されていたそうです。

しかしその3日後には容体が急変し、そのまま入院することに…

梅津さんが入院されてからシズちゃんは病院に通い、できる限りの時感を過ごされたんだそうです。

そして22日、仕事終わりに病院へ駆けつけたしずちゃんに、梅津さんは

 

「(来るの)遅かったな」と言いながら待っていてくれたんだそうです。

そして、

「抱っこして」 と…

もうその時には梅津さんは自分で起き上がる力もなく、梅津さんが差し出した手をしずちゃんが握ると、その手をぎゅっと力強く握り返されたんだそうです。

そしてそれがふたりの最後の会話になったということです。

 

優秀なトレーナーを失ってしまったことはしずちゃんにとっても大きなショックだったと思います。

しかし、最後の時を自分が育てた弟子と一緒に迎えることができたのは、梅津さんにとって嬉しいことであったのかもしれませんね。

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まとめ

しずちゃんのボクシングを世界レベルに育てた梅津正彦トレーナーについてご紹介させていただきました。

シズちゃんにとっては大きなショックだったと思います。

しかし、トレーナーの梅津さんは44歳という若さで亡くなってしまいましたが、梅津さんはとっても大きなものを残してくれました!

現在しずちゃんはボクシングは引退されていますが、お笑い界でのさらなる活躍にも期待です!